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ホーム > ブログ > 【留学お役立ち情報!】アイルランドの歴史について。【Ireland留学】
2019年11月08日

【留学お役立ち情報!】アイルランドの歴史について。【Ireland留学】

アイルランド(Ireland)とは、どこにあるかご存知でしょうか?

北西ヨーロッパの北大西洋に浮かぶイギリス、その左隣に浮かぶアイルランド島の大部分を領土とする面積70,300km2の国で、国旗は縦に3分割(緑・白・オレンジ)したカラーで知られています。
人口も約492万人と、イギリスの首都ロンドンの約6割~7割程度の規模。
首都は島の東海岸沿い(イギリス・ウェールズ寄り)に位置する都市ダブリン(人口約139.6万人)で、イギリス領の北アイルランド(島の北東部に位置する6州)と接しています。
独立前には、北アイルランドも自国の領土であると主張して、イギリスとの対立・抗争を繰り返してきましたが、1998年、ベルファスト合意により領有権を放棄しています。

2005年エコノミスト調査で、”最も住みやすい国”に。

国の正式名称は、アイルランド語でÉire(エァル)。
英語ではIreland(アィアランド)、日本語ではアイルランドが外務省では使用されています。
現在のアイルランド政府はマイケル・D・ヒギンズ氏が大統領を(2018年11月11日に就任。ラスト2期目となる7年の任期をスタート)、レオ・ヴァラッカー氏が首相を務める、二院制(上院・下院)の議会を有する『立憲共和制国家』であり、アイルランドまたはアイルランド共和国とも呼ばれています。
国民の約78%はカトリック教徒と、ほぼクリスチャンで占められており、彼らの大部分はアイルランド語(ゲール語)と英語を話します(情報源:外務省)。

アイルランドと日本との関係は?

日本とアイルランドは1957年に外交関係を樹立しており、2017年には外交関係樹立60周年を迎えたことから、現職の外務大臣をはじめとした様々な大臣が訪日しています。
こういった要人往来に加えて、東京、ダブリンを中心に、数多くの祝賀行事が両国において開催され、親交を深めました。
特にダブリンでは100件以上の行事が開催され、狂言、津軽三味線をはじめ、邦楽、洋楽、美術展等の文化イベントや、日本関連セミナー等が含まれたそうです。

見出し: これまでの、アイルランドとの二国間条約。
1966年…査証相互免除取極
1974年…租税条約
2007年…ワーキング・ホリデー制度
2010年…社会保障協定

見出し: JETプログラム、1988年にスタート。
JETプログラムとは、招致した外国青年を地方自治体等で任用することによって、外国語教育の充実と地域の国際交流の推進を図る事業のことです。
このプログラムには、1,298名のアイルランド人青年が参加したようです(2018年度の参加予定者数は46名でした)。

略史。

12世紀…イングランド王国による植民地支配開始。
1801年…グレートブリテン及びアイルランド連合王国(以下、英国)が両国併合により成立。
1919年~1921年…対英アイルランド独立戦争。
1922年…英連邦内自治領アイルランド自由国となる(北アイルランドは英国領に留まる)。
1931年…ウェストミンスター憲章が成立。
1937年…アイルランド憲法を施行し、国号をアイルランドに改称。
1938年…英連邦内の共和国として独立を承認され、実質的元首の大統領と儀礼的君主の国王の双方を戴く。
1949年…英連邦を離脱し、完全な共和制に移行。
1955年…国連加盟。
1973年…EC(後のEU)加盟。
1998年…北アイルランドに係る和平(ベルファスト)合意成立に伴い、領有権を放棄。
1999年…ユーロ導入(創設メンバー)。

ヴァイキングによって街の基礎が築かれたという、首都ダブリン。

紀元前265年頃、大陸よりケルト人が渡来し始め、5世紀頃には聖パトリックによるキリスト教の布教が開始。8世紀頃にはヴァイキング(海賊)として恐れられたノルマン(Norman)人の侵入も始まります。
ノルマン人とは、スカンジナビア半島・デンマーク地方(バルト海沿岸)を原住地としたインド=ヨーロッパ語族の北方系ゲルマン(ドイツの英語読みGermanに由来)人のことで、狩猟や漁労に従事していましたが、造船や航海術にも長けたことから、欧州各地に侵入して略奪行為等を繰り広げたようです。

アイルランドはカトリック、グレートブリテンはプロテスタント。

主教戦争(1639年)に始まり、イングランドの王政復古(1660年)で収束したブリテン革命(イギリス革命)が起こりました。これは、イングランド・スコットランド・アイルランドで起きた諸事件・内戦・革命などをひとまとめにした総称のことで、この時期には色んな派閥が乱立し、闘争が繰り広げられました。
特に有名なのが、1642年~1649年、絶対王政を敷いた王権の制限と、カトリック勢力の排除が目的だったとする清教徒革命(ピューリタン革命)です。
プロテスタント主流のグレートブリテンは、カトリックが上に立つことをヨシとしませんでした。
理由は、上に立つ者がカトリック教徒だと、王国の安全面・幸福面において、矛盾が生まれることは経験から分かっているからなのだそうです。
このため、名誉革命によって王政復古期が終わると、新たに君主になる者に対してはプロテスタント信仰を維持する戴冠式宣誓を誓わせる、権利の章典(1689年)が定められました。
1701年の王位継承法では、カトリック教徒への差別が行われた”絶対君主制”を禁じることが盛り込まれています。

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